日記。

日々の徒然を書き留めてます。

祖父の死②

10/20(木)

朝の5時半、玄関のドアが開く音がした。夜行バスに乗って妹が今家に到着したようだ。母が駆け寄り、泣き崩れる妹。ああ、本当に死んだんだな。これから幾日かは最低な気分で過ごすことになりそうだ。

何をしても、何もしなくても気分は優れない。7時、家族より一足先に祖父の部屋へ向かった。いつものルート。向かう先にはおそらく誰もいない。秋晴れで、空気はどこまでも澄んでいた。もちろん気分は最悪のままだ。f:id:gaku-diary:20221026060313j:image

葬儀センターからは、遺影用の写真、あとこれは急ぎではないが火葬の際に棺に入れる思い出の品(副葬品)を持ってくるよう言われていた。

母が高校生の頃に祖父が建てたマンションは1階がお店で、最上階の5階と6階の2フロアが自身の家だった。ほんの1週間前に壊れたドアノブは押しただけで中に入れる。念の為家中をくまなく探したが、誰もいなくて悲しかった。玄関からいつもの灰皿を持ってきて、いつものソファに腰掛ける。「お前と吸っているところ見られると俺が〇〇ちゃん(母)に怒られるんだ。やめて?」祖父は本当に辞めてほしかったっぽいけど、目がいつまでも笑っていたから、僕もニヤニヤしながらこのソファの上で一緒にタバコを吸っていた。肺が痛いと言って3日前から禁煙していた祖父のタバコは2本だけ残っていた。立て続けに2本吸う。面倒くさいので涙と鼻水と涎は流したままにした。

その時はよく分からなかったが、きっと祖父の日常を演じたかったのだろう。もし祖父が生きていたら今消費されているモノは何だろう、僕は勝手に冷蔵庫を開けて作り置きのおかずを引っ張り出し、炊飯器に残っていた米も含め全て貪り食べた。食欲なんて皆無なのに、そうしたい欲求に突き動かされていた。食べている最中に兄と妹が到着。まだタバコの匂いがする、と言って妹がやや過呼吸気味に泣き始めた。ごめん、それは俺が吸ったやつだ。

遺影用の写真はすぐに見つかった。6階の個室に掛けられていた、自然な笑顔の写真で、以前雑誌の取材が来たときカメラマンに撮ってもらったものだ。あらかじめ決めていたわけではないが、これ以外ない、と満場一致でその写真に決定。ふとそばの机を見やると、祖父が10年前からつけている日記が開かれて置かれていた。存在は知っていたが、ちゃんと目を通すのはこれが初めてだった。そこには、お店の売上げ、時事ニュース、孫との食事、自身の体調・・・1日も欠かさず、些細ながらも血の通った日常がびっしりと書かれていた。空白なのは昨日のぶんだけ。その空白が悲しく、また恨めしいような、ただ情報量は最も多かった。正直、僕は今の出来事をブログに載せようとは考えていなかった。しかし祖父の日記を読んで、ありのままの1日1日の小さな記録がその人の重みを可視化させるような気がして、祖父の死をここに載せることに決めた。思った以上にこのブログが大きな意味を持ち始めて驚いている。頼むからはてなブログさん、サービス終わってサーバー停止になるのだけは辞めてくれ・・・f:id:gaku-diary:20221026060237j:image

副葬品は後回しにして、家族5人で葬儀センターへ向かう。遺体安置所にいる祖父に全員で線香をあげた。この匂いと、おりん(チーンと鳴らす器具)の音は何度聞いても気持ちが穏やかになる。おばさん夫妻、祖母を加え計8人で葬儀のプランを次々と組んでいく。死人に口なしというが、本当にそのとおりだと思う。死んだ本人の意向関係なしに段取りやらオプションやら決定していく。そりゃそうだ。葬式でも何でも、この世で出回っているサービスは全て生者だけのためのものだ。面白くないので途中何度も1人でタバコを吸いにいったが、1人になると絶対涙が出てくる。泣き疲れたし、泣き飽きた。それでも感情は簡単に込み上げ、そのたびに嗚咽をもらす。

長くなりそうなので先に副葬品と、あと火葬時に着せる服を選びに祖父の部屋に1人で戻った。長くなりそう、というのもあったが、理由はもう1つある。火葬時に祖父に着せる服。僕はどうしても、祖父がいつも身につけていたお店の名前が入っている半纏(羽織に似ている丈の短い上着)を持っていかせたかった。もう裾のほうが擦り切れていて、でも生地が丈夫だから形は依然保っているような、年季の入り具合。僕の運動会や授業参観にも着て来て、当時は「普通の服で来て!」と、こっ恥ずかしくて駄々をこねていた。あの半纏をどうしても着せてあげたかったから、形見にしたいと言う周囲が口で反対しているうちに持ってきてしまおうと思った。

店長と一緒に、葬儀センターの遺体安置所へ戻る。店長とは血は繋がってないが、長年祖父とお店を切り盛りしてきた親族同様の仲だ。既にいた兄と妹と一緒に、4人でしばらく過ごした。途中でお店を抜けてきた店長は、そろそろ戻らなくちゃと祖父に声をかける。「では、会長。また後で。」手短かだが、それがあまりにも生きているときと変わらぬ口調、声色で、まだ祖父は生きているのではないかと思わされた。しかし祖父の頬に触れると変わらず冷たい。落胆し、再度現実をねじ込まれる。

閉館時間間際、どこかに行っていた父と母が戻ってきた。父は、僕が持ってきた紙袋の中の例の半纏を見て激怒した。形見として残そう派だ。何でもない時だったら譲っているところだが、どうしても嫌だったから抗議した。「俺は、もうおじいちゃんを休ませてやりたい。昔飲みに行ったとき、ボソッと「俺は人に気を遣い過ぎてしまう。叶うものなら貝になりたい」って言っていた。半纏をこの世に残して遺族に懐かしまれるより、おじいちゃんに持って行かせたい。」自然と、”持って行かせる”と言葉が出た。本気で死後の世界があると思っていないと、とてもじゃないが耐えられなかったのだろう。そう思ったのもつかの間、父は何も言わず祖父の半纏を抱きしめ、次は吠えるように泣き始めた。何か、思い出にすがりたい。義父をすぐ近くに感じられるような形見が欲しい。恐怖の象徴だった親父も、僕と同様に弱さを抱えている人間のだと、分かりやすい形で知ることができた。でも、ごめん。これだけは本当に譲れないんだ。1人の人間の死によって、また生者たちの人間模様も変わりつつあることを感じた。

5人で祖父の部屋に戻り、祖母とおばさん夫婦と部屋の掃除を手伝う。祭壇の設置のためだ。しかし、もう限界だった。今日は疲れた。途中にも関わらず先に家に帰りベッドに潜る。おじいちゃんが亡くなってから、まだ24時間も経ってないんだ。辛い。このまま起きてても生き返るわけじゃないし、もう寝よう。18時。