祖父の死①
10/19(水)
夜、出勤途中。家族LINEで母から連絡が入る。
「じいじが倒れた 意識なし」
その場で引き返し、反対方面の電車に乗り換えた。この段階では全く焦りはなかった。なんならちょっとうんざりもしてたし、さらに最悪の事態も想定していた上で、冷静を保っていた。うげ!もう辞めてくれよそういうの〜。先月も父が誤嚥性肺炎か何かで退院したばっかりだしさ〜。とも思ってた。今年の僕は間違いなく大吉だが、周りの人間に大凶が多すぎる。
病院名を聞き、近くの駅からタクシーに乗る。タクシーなんて普段全然乗らないから相場が分からないし、流行りのアプリも入れてない。とりあえず5千円下ろしといた。
病院に到着し、受付の人に親族であることを伝え中に進む。案内の人が代わり再度血縁関係を問われた時、そこで流れが一回切れた感じがした。なんていうか、事務的な流れじゃなくなった。
「こちらへどうぞ。」
救急医療室へ入ると医師と5〜6人の若い人(治療スタッフかな)が、母と、移動式ベッドの上で機械の管に繋がれている祖父を囲んでいた。祖父の顔は真紫に染まっていた。
「容態は?」
祖父を揺さぶっている母に尋ねる。
「ああ、〇〇、ほら、触ってここ、心臓動いてないの。ねえ、ああ〜もう!お父さん!〇〇来たよ!ねえったら!!」
母は取り乱してはいたが、我を失っているようには見えなかった。日常の延長上に、まだ母はいた。まだ、事実を受け止め切れていないのかもしれない。
医師によると、大動脈乖離。心臓近くの血管から血液が漏れたため、それが心臓を圧迫し拍動を止めていたとのこと。また、発見された時点で脳内への血流がストップされて時間が経っており、回復の見込みはほぼ0だと。18時に最後に祖父と会話した母は、その3時間後に倒れているのを発見したという。
ああ。遂にか。いずれ来るであろう親族の死が、たった今来た。呼吸が乱れる。涙が出る。息が上手くできない。祖父の額に手を添えると、まだ生温かったが、明らかに生きてる人間の温度ではなかった。腹には死斑が浮かんでいた。
父が到着し、離婚して別居していた祖母が到着し、ほぼ絶縁状態だった母の妹とその旦那さんが到着し、兄が最後に到着した。地方に住んでる大学生の妹には母が連絡した。全員当惑しており、僕はその姿を見て逆に冷静になってきた。いや、かっこよく言うと臨戦状態になったのかもしれない。
「それでは、機械を外させていただきます。」
無情な医師の宣告。全員頭を下げ、安置室に送られる祖父を見送った。
やけに冷静になっていた僕は、遺族の待合室にいる皆んなに温かい茶類を買った。これからやらなきゃいけないことは沢山ある。自営業だった祖父は知り合いが多すぎるので、そのための連絡、葬儀の準備とで忙しくなることは目に見えていた。ただでさえ死後の手続きは面倒くさい。僕にどれだけの出番が回ってくるかは分からないが、今はみんなのサポートをしよう、悲しむのは全部終わってからでいいや。そう思っていたが、直後現実に襲われる。
待合室で葬儀業者を選んでいる間、病院の人が祖父が身につけていたものを返却しに来た。シャツ、ズボン、入れ歯に眼鏡。ビニールに包まれた遺品が次々とテーブルの上に並べられていく。だが、次に取り出されたものを見たとき、僕と兄は同時に号泣してしまった。それは、祖父の現金とカード類だった。割合、僕ら孫と祖父の関係は近く濃いと思う。家が近くにある、母が祖父の家業を継いでいる、祖父が人と飲むのが好き、これらの条件も相まって、僕らそれぞれは祖父と2人で飲みに行くことが多かった。飲みに行くだけではなく旅行も沢山いった。その度に、祖父のポケットから出てくる生身の現金。好奇心旺盛な祖父は、本当に色んな場所に連れて行ってくれたし、色んな経験をさせてくれた。
「宵越しの銭は持たねえ」
江戸っ子気質な、そんな口癖の祖父。彼の現金が、今ビニールに包まれて目の前にある。限界だった。僕は部屋を飛び出し、病院の外でわんわん泣いた。あの現金は、もう祖父のではない。そして祖父は、もうどこにもいない。もう、一緒にご飯することも、出掛けに行くことも、お話しすることもできないんだ。そう思うと、とめどなく涙が溢れ出た。「いなくなっちゃった。おじいちゃん死んじゃった・・・」現実が突然、僕の体内に流れ込んできたようだった。
待合室へ戻り、しくしくと母に伝える。
「おじいちゃんの灰皿さ・・・俺が貰っていい?」
「うん。いいよ。」
その後、お香の香りに包まれながら霊柩車を見送った。病院内とは思えないほど、そこだけ異質な空間だった。深夜2時、車に乗り込み自宅へ戻る。とても寒い夜。