日記。

日々の徒然を書き留めてます。

祖父の死⑦

10/24(月)午後
告別式が始まった。葬式との違いは、葬式が宗教的な別れの儀式なのに対し告別式は社会的な別れを対象としているのだそう。そのせいか昨日と比べ会社関係の人が多かった気がする。昨日とほぼ同じような段取りだった。しかし、焼香の流れになって関係者が並ぶと1つ前に座っていた母が肩を震わせて泣いていた。そうか、祖父と一緒に仕事をしていたからここにいる人とはほぼほぼ面識があるのか。

いよいよ火葬場に棺桶が運ばれる段階となった。この時棺に一緒に入れるのが副葬品だ。まず母が、「これはお父さんのものだから」と言って例の半纏を被せた。これ着て戦争に行ってたのか?と思うほど擦り切れてところどころ色も褪せていたが、何かに守られているかのようにお店の名前が入ってる部分だけは綺麗に残っていた。柔軟で謙虚で、それでいて狂気じみた頑固さも持っていた祖父の生き様を語るにはこの1着で充分だ。続いて、2枚の写真とハガキほどの大きさの1枚の絵が胸元に置かれた。写真は仏壇にあった祖父の両親のものだ。そして1枚の絵、これには見覚えがあった。僕が小学生の時に絵画教室で描いた彼岸花の絵だ。全く想定外の副葬品に思わず母に聞いたら、どうやら写真の裏に入っていたものを一緒に持ってきたらしい。大事な両親の写真と並べられて何か場違いな気がしたので、こっそり股間の方へ移動させといた。その後はタバコや手紙などを入れ、最後に式場にあった花を敷き詰めた。「これで最後のお別れです」とセンターの人が言い、皆んなでばいばい、ありがとう、と蓋を閉じる。

小雨が降りしきる中、僕を含む男手6人で霊柩車まで棺桶を運んだ。黒いベンツだ。車に興味のない僕でもこのロゴはわかる。すごいなあ、僕が死んだら多分軽トラなんだろうな。

そのまま小型バスに乗り込み、前の霊柩車を追って火葬場へ進む。20分ほどして到着した。近代的な曲線が目立つ建物だった。まだ建てられて日が浅いように見える。

中に入ると電子パネルに火葬場の予定表が載ってあった。人の名前がびっしり載っていて祖父の名前を探すのに苦労した。え、これって全部今日の火葬予定の人たち?毎日恐ろしい勢いで人が亡くなっていて、祖父はその中のほんの1人なのだ。そう思うとなんだか自分が小さく見えてしまって、肩が軽くなった気がした。

火葬室は仄暗い赤いライトで照らされていて、少し離れると人の顔がよく見えなくなるくらい暗かった。祖父の棺桶が運ばれてくる。センターの人が蓋を開けて、「ここで本当のお別れです」と告げた。あ、さっきのが最後じゃなかったのか。隣で妹が「ありがとう、大好きだよ」と泣き崩れる。兄も「ありがとう」と涙ながらに感謝を口にした。僕も何か言いたかったが、ありがとう、はどこかしっくりこないし、大好きだとも本人の前で言いたくない。じゃあ今、最後に送りたい言葉はなんだろう。頭を巡らせるがもう時間がない。祖父の頬に手を添える。相変わらず冷たかったが、僕はこの人から暖かい愛情をこれでもかというほど受けた。僕だけじゃない。彼は本当に人のために精一杯生き抜いた。ただ。一緒に飲んだ時に、暗い顔でボソッと「俺は人に気を遣いすぎてしまう」って言ったことを僕は忘れられなかった。ねぎらってやりたい。そう思ったら自然と口に出た。
「おじいちゃん、お疲れ様」
蓋が閉じられ、真っ暗な穴へ運ばれていった。

その後、僕は過呼吸になるくらい泣いた。激痛とも思える、ひたすら苦しい時間。おじいちゃんがいなくなっちゃう、この世から消えちゃう。これは孤独に対する恐怖だった。父に支えられながら待合室へ移動した。後から聞いた話だと僕が馬鹿みたいに泣きすぎて他の親戚の涙が引っ込んだらしい。

「孫にこんなに泣いてもらえるなんて、おじいちゃんも幸せ者だよ」
叔父さんが隣で励ましてくれた。それにしてもマスクがよだれと涙でぐちゃぐちゃだ。涙は未だ流れている。僕は顔を拭こうとスーツの内ポケットにあるおしぼりを取り出そうとした。
僕「あ」
叔父「どうした?」
式場でもらった、未開封のおしぼりが4枚。
僕「こうやって使わないおしぼりをストックするのも、おじいちゃんの癖だったんだよな・・・」

祖父の肉体は無くなって、今は骨だけになってしまった。しかし、祖父の遺伝子と文化はしっかりと子孫に継承されている。僕が生きることで、祖父も生かすことができるのだ。

おしぼりを3枚使って鼻をかんだ。
「おじいちゃんのぶんまで生きるよ、俺は」
誰々のぶんまで生きるって、そういうことなのだろう。"ぶん"っていうのは、その人が生きるはずだった年数ではなく、その人が抱えていた先祖から続く遺伝子、思想、文化のことだ。祖父から渡されたバトンを、両手で握りしめて生き抜こう。僕は余ったおしぼりを内ポケットにしまった。f:id:gaku-diary:20221104135308j:imageおーしまい。