日記。

日々の徒然を書き留めてます。

第1話「前世」

「にっ・・・200億!?」
アキは何度も桁数を数え直したが、間違っていない。今日で二十歳。法律で自分の口座残高を知れる日だ。

2114年、当時の内閣はマイナンバーの利用範囲を拡げ、亡くなった個人の番号と"資産"を、次に産まれてくる新生児にランダムに引き継がれるようにした。それは貧富の差の是正と少子化の歯止めを狙ってのものだった。事実、"子ガチャ"を繰り返して一攫千金を当てた家族はよく聞く話だ。

翌日、アキは大学の親友ハルカとバーで飲んでいた。
ハルカ「で、どうだったの?前世の資産は。」
この時代、自分のマイナンバーを過去に使っていた人のことを前世と呼ぶ。前世の資産について家族以外と話すことはタブーとされているが、アキは彼女のあっけらかんとした性格に惹かれてこれまで付き合ってきた。二十歳で人生が決まってしまうこの時代、10代から続く交友関係が本当に貴重なものになっているのだ。
アキ「あまり大声では言えないけどね、もう働かなくて済むくらいの金額だった・・・」
ハルカ「キャー!!マジ!?大当たり!?最高じゃん!!」
ハルカが急に大声を出すものだから、周りの人が一斉にこちらを振り向いた。
アキ「ちょっと、声大きいって!他の人に聞かれたらどうするのよ!」
アキが小声でたしなめる。それに、本当はもっとある。働かなくて済むどころか、昔だったら孫の代まで遊んで暮らせるほどの金額だ。
ハルカ「だ〜いじょうぶだってえ!このバーの会員費バカ高いから、万一聞かれたとしても妬む人なんかそもそもここに来れないよ。」
アキ「も〜。でも、ハルカだってまあ当たりじゃない?2億くらいだっけ?」
ハルカ「うん!でももう1000万くらい整形に使っちゃったけど、これも先行投資みたいなもんだよ。大学の勉強も頑張ってるし、超ホワイト優良企業入ってぬくぬく働くんだ〜」
アキ「1000万も!?ハルカらしいなあ。でも良いよね、ハルカは一応努力もしてるから。普通の人だったら私が金額開示した時点で関係崩れちゃいそうだもん。」
ハルカ「いやあ、アキは友達だからだよ。元カレなんて前世の資産0円だったからさ、誕生日に振っちゃったもんね。あはは!」
アキ「あははって・・・でも良かった〜本当、私の前世が頑張ってくれて。できることならお墓にお礼言いたいよ!」
ハルカ「無理無理、政府がそこらへん厳重に取り締まっているし、前世について知ろうとすること自体が罪に問われるんだから。あ、私トイレ。」
アキ「ごゆっくり〜。じゃあ私タバコ吸ってくるね。」

冷たい夜風の中、店外の喫煙所でアキはこれからの人生に思いを馳せていた。200億。アキの7人いる家族に分け与えたとしても余りあるし、資産運用して不労所得で暮らす手もある。それにしても、前世は一体どんな人だったんだろう。経営者?有名人?ほとんど使わないで若くして亡くなった可能性もある。う〜ん・・・
???「さっきの話、本気?」
突然の声にアキはびっくりした。隣を見ると長身の男が立っている。薄暗くて顔はよく見えないが、同い年くらいだろうか。小汚い赤のマウンテンパーカーを着て眼鏡をかけている。
アキ「えっ、あ、バーにいた人?さっきの話って?」
アキはやや当惑しながらもなんとか受け答えした。とてもじゃないが、会員制のバーにいそうな人に見えなかった。
???「前世のお墓にお礼言いたいって話。俺、特別なパイプ持ってるから興味あるなら協力できるよ。」
アキ「何者なのあなた・・・。それに、絶対タダじゃないでしょ。危ないことなんだから。いくらなの?」
???「1億」
アキ「1億・・・」
素性を明かさない男にイラつきながらも、アキはその額を冷静に見定めていた。
???「フフフ、驚かないんだね。やっぱり相当あったと見える。まあ、興味あるなら連絡してよ、スマホ出して」
しまった、ちゃんと普通の人のリアクション取れば良かった。二十歳の体に200億の額はそう簡単に馴染むものじゃない。アキは半分諦めてスマホをポケットから出した。何でもオンラインでやり取りできるので、対面した人からの申し出を断るのは無礼にあたるのだ。
アキ「はい・・・って待ってこれ、LINE?あなた何歳なの?」
LINEなんておじいちゃん世代が仲間内だけで使う連絡ツールなのに。たった数十秒の会話だけでどんどん疑問点が出てくる。
???「あまり俺も個人情報出すわけにはいかないんだ。まあ、名前だけは言うよ。俺はフユキ。君は?」
アキ「・・・アキ」
フユキ「アキちゃんね!よろしく!」
そう言うとフユキは背を向けて暗闇に消えていった。最後まで謎の多い男だ。普通ならこんな話乗らない。乗らないが・・・
アキ「1億かあ・・・」
正直、払えない金額じゃない。前世に興味を持つ人はあまりいないが、知ることでこれから先の人生が変わる気もする。仮に詐欺だったとして、失う資産は全体の0.5%だ。200万持ってる人が1万失うのにどれほど躊躇うのだろう。スマホを持つアキの手は熱かった。

続くf:id:gaku-diary:20230127180223j:image